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2004年4月20日

アマチュア無線

ノスタルジック月間ですかね今月は。昨日の記事を書いたあとでまたいろいろと思い出しましたよ。

ラジオやらなにやら作り始めた少年の常として、アマチュア無線もやりましたねぇ。小六の冬でしたか、電話級アマチュア無線技士の従事者免許をとり、たしか中学にあがる春休みに局免がおりて開局。中1か中2の時には電信級の免許をとりました。

開局に際してはもちろん無線機が要ります。『CQ』誌の個人売買で売りに出ていた中古品を買うことになり、父とふたりで木更津まで引き取りに行きました。八重洲無線のFL-50B/FR-50B。FLが送信機でFRが受信機、2台で運用するという大がかりなものです。当時すでに送受信機が1台にまとめられたトランシーバータイプが主流で、この50Bは時代遅れになりつつあった代物でした。

さらに都内にも関わらず庭の柿の木と軒をつないでダイポールアンテナを張るという暴挙。ダイポールアンテナってのはあれです、地面と水平に長いアンテナ線を張るやつ。たしか7MHz帯と21MHz帯の2バンド用で、途中にローディングコイルがかましてあるので7MHz(波長40m)の半波長20mはさすがになかったのですが、それでも12mくらいはあったでしょう。1975年当時としては非常に大時代なものです。それもこれも資金がなかったからで、もちろん中学生のワタシには自腹を切れるわけもなく、家も決して裕福ではなく親にも「トリオの520が欲しいよう」とか「タワーを建てて2エレの八木アンテナをローテーターでまわしたいよう」などとは口が裂けても言えなかったのでした。

無線機もしょぼしょぼ、アンテナも地上高が低すぎで、7MHzや21MHzというDX(長距離通信)が狙える周波数帯をメインとしていながら、本当に笑ってしまうくらい電波が飛びませんでしたねぇ。当時中野区に住んでいたんですが、隣の新宿区の局から「どんなに遠くの人かと思った」と言われたくらい。ええ、無線機をいろいろいじればまだマシだったのかも知れないけれど、そこまでの技能もなく、高2のころまでは仲間と夜な夜なぐだぐだしゃべっていたりもしたんですが、そのうちに醒めてしまいましたね。楽器というもうひとつの趣味に力を入れだしたというのもありますが、条件が良ければもっと楽しめて、長続きしたのにな、と思わないでもないです。とはいえもう高校生ですから、その気になればバイトでもなんでもして頑張ることはできたと思うんですが、まぁ自分の中で醒めたんですね。この高校時代はワタシの転機でして、この間に父と同じ技術者をめざしていた理系少年からあっさりと文転。その後PCに目覚めるまでの間電子ものから遠ざかってしまいました。

今日このエントリーを書くにあたって、それこそFL-50Bとか、当時の無線機名やさまざまな用語をネット上で検索してみたら、けっこうヒットしましたね。すごく懐かしい。30年近く前ですものねぇ。なんかいまこうやってPalmだPCだって言っている自分のルーツを確認したような気もしました。結局ワタシは、アマチュア無線で果たせなかった夢を、いまPCやPDAに求めているのかなぁ。

ちなみに当時のコールサインはJI1KLG。廃局してからもうだいぶたちます。すでにどなたかに再割り当てされているんでしょうか。こうしてここに書いておいて、検索でひっかかったら面白いですね。

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コメント

とらじろうさん、
パームディーでお会いしてからのご無沙汰でございます。
今回のアマチュア無線のお話、面白く読ませていただきました。私が無線に凝っていたのも75年頃だったと思います。TS520を使っておりましたが、アンテナはやはりダイポールでした。21Mhzを中心に28Mhzと7Mhzに出ておりました。コールサインも今はどなたが使っているのやら。JR3TYWでした。
今は、チャットなどが簡単に出来ますが、当時は知らない人と交流できる方法は、無線ぐらいしかありませんでしたが、パソコンの楽しみ方と共通している部分が多いように思います。
懐かしくなって、思わずコメントさせていただきました。

ありがとうございまず。なんか大阪でもこんな話をしたようなしなかったような。おっしゃるとおり、繋がることを求めてるところは、なかなか今もかわらないのかもですね。

お晩でございます。秋津島です。
Palm day の4次会ってディープな(?)所でビームして頂きましたね。
アマチュア無線、私もやってました?(^-^;ゞコールはJN1GNC
まだ局免もってます。 友達の影響もあって最初は144MHz と430MHz のSSB で運用する事が多かったですが、高校の無線部に入ってHF や 当時はまだ珍しかった 1200MHz なんてのもやってました。
23日の某、誕生日会ではお目にかかれないみたいですが、またどこかでお目にかかりたく思います。それではっ!

徳さん、どうもです。なんか後ろ向きの述懐と、あたらしい出会いが結び付くようなうれしい気分です。またいずれ、管球アンプの話もふくめて、お話をきかせていただきたいと思います。では!

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