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2003年11月18日

さよならカッパピア

群馬県高崎市の遊園地カッパピアが11月30日で閉園するそうで。私がここの存在を知ったのはほんの最近のことでしたが、42年の歴史があったんですね。

なぜか数年前からわが家にはカッパ・ブームが来てまして。カッパピアはそのオリジナルキャラクターのキュートさといい、土産売り場のカッパグッズの品揃えといい、注目スポットでありました(乗り物やプールに言及しないのもどうかと思うが)。

子供の頃からここに親しんでいた人たちに負けず劣らず、寂しく思うのでありました。

あ、Movable Type日本語化の恩人milanoさんのところでも、カッパピアのさよなら記事が!

ちなみに下の写真は、わが家のカッパたちがカッパピア詣でをしたときのもの(このときは雨で閉園)。うち一匹はカッパピアが故郷です。


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コメント

カッパピア行ったのですね。
ワタシの出身の高崎高校は、体育のマラソンの時間は観音山を走り回るのことになっているので、カッパピアの観覧車とかは良く見ていました。
でも、中に入ったのは子供の頃だけでした。

milanoさんどうもはじめまして。日本語化パッチでお世話になった方にこんな話題でコメントをいただくとは!

カッパピアとは妙な縁で出会いました。2001年の秋口ですが、とあるイベント参加のため大型バス2台で高崎に行った私たちのグループが、大勢の食事を一度にまかなえるところとして選んだのがカッパピア内の食堂(?)だったんです。遊園地はもう営業していない時間(たしか6時過ぎ)でしたが、土産物売り場は開けていてくれました。そこで本文にあるように、カッパグッズの数々に驚喜したのでした。

その後いちど思い立って行ってみたのが去年の秋で、写真はその時のもの。しかしあいにくの雨でした。子供もいない私たち夫婦にとって、乗り物はまったく目的でなく、ただただ目的は土産物売り場でしたから、もしかしたら雨でも土産物売り場だけは開いているかも、と思って山を登りましたが、浅はかな期待でした。

11/30までにはもう一度行きたいと思っています。もちろん目的は土産物売り場「だけ」です。

今月いっぱいで惜しくもカッパピアが閉園するということで家族で遊びに行きました。10時前に着きましたが、人々の行列に驚きました。園内でも並んで待つ光景にかつてのカッパピアを思い出し当時にタイムトリップしたような不思議な感覚を覚えました。
私の実家は清水寺の石段下にあり、親戚が集まった際には従兄弟たちと石段を登って幾度も遊びに行きました。
毎年行われた育成会の写生大会、夏のプール、あの頃最盛期だった「ちびーず」と様々な思い出がありましたが、今日の帰りに資料展示を観て更に思いは駆けめぐりました。
幼少の頃、大きい従兄弟につられて飛び込み溺れたプールのせいで泳ぎがまったくダメになった私は3年生の時、親の薦めで、カッパピアのプール教室に通っていました。ま、その時も甲斐無くダメでしたが(^o^)猿の国があったとき、猿に袖を強い力でひっぱられて大泣きして係の方に助けられたこともありました。6年生の時、リーダー研修会でカッパピアに泊まったこともありました。そして、スケートがオープンした年あたりに一日スケート教室にも参加。中学生の時、剣道部のみんなで、少年剣道大会のお手伝いに来て千円のバイト料頂いて嬉しかった経験も。22歳の時、一望閣でアルバイトしていたときカッパピアでも働きました。そういえば友達の家が金魚やさんでお店を出していましたね。
……と甦る数々の思い出。

成長して親になって、去年初めて家族でプールに来ました。親子2代3代で来ている人はたくさんいると思います。私の母もカラオケの方でお世話になっています。
カッパピアが無くなってしまうのは本当に寂しいことです。
でも時代の流れで仕方ないのでしょうね。
けれどカッパピアが閉園しても人々の心のアルバムに大切にしまわれていると思います。

カイエさんどうもです。

本当に地元の方たちには特別の思い出があるんですよね、カッパピア。私などは「カッパフェチ」だからという実に不純な理由でのカッパピアファンでしたが、先日訪れて、ますますそうした多くの人にとっての思い出の場所であることを再確認しました。東京生まれの自分にとっての「二子玉川園」といったところかも知れません。

http://koshipa.net/archives/000046.html

に訪問記をアップしています。よろしければそちらもどうぞ。

では。

カッパピア閉園本当にざんねんです。
今、松本に住んでいるのですが、今から行こうと思ったのですが・・・昼の12時過ぎだったので、断念しました;;
カイエさんのいっていた「ちびーず」懐かしい^^
カラーボールを取ると ただ券がもらえるのを楽しみにしていました。
子供のときにカッパピアにはよく行っていたのに写真が全然なくて、せめて写真だけでも撮りたかったな?

ながぴょんさんどうもです。
ネット上は小規模ながらカッパピア祭りの様相を呈しているようで、当サイト以外にも検索するといろいろなところでカッパピアが語られていますね。この機会に出かけた人たちの写真も多数みつかります。

それにしてももう1800過ぎ。カッパピア本当に終わってしまいました。嗚呼

はじめまして。
僕は高校1年のときといいます。僕も11月14日にカッパピアが閉園になると聞いて、11月23日に行ってきました。とらじろうさまと同じ日に行っていたみたいで…。
もう終わっちゃいましたね。後一ヶ月あれば、もう一回行ったのに…。カッパピア祭りと言うのも行ってみたかったです。
プールだけでも良いんでもう一回開けてくれないかな?

ときさんどうも

若い方でもカッパピアにはそれなりに皆思い出があるんだなぁ、と思いました。「カッパピア祭り」というのはまぁひとつの例えでして、まるで祭りであるかのように、みんながカッパピアを惜しんでいろんな記事をネット上に書き込んでるということですね。

ときさんの言う気持ちもわかります。モノは残ってるんだからもったいないですよね。でも、どんなモノも運営するにはお金がかかるんですよね。それが悲しいけれど現実なんですね。

10年程前、ツインドラゴンに13回連続で乗って軽い人だかりをつくった事があります。其の時、従業員のおばちゃんは[他を回って来い!]と言い放ちました。すっげー記憶に残ってます。

コウセイさんどうもです。
あはは、笑いました。コースターをおすおばちゃんといい、ここの魅力はそんなところにもあったんですね。

いつのまにか閉店してたんですね・・
カッパピアは僕の幼い時から大学生までの思い出がたくさんつまった場所でした。

遊具は小さい頃からすでに猿の山と観覧車以外はあまり人気なかったような・・
カッパピア=プールという感じでしたね
小学校の時かな滑り台とか波のプールが出来てすごい感動しましたね最初

大学時代は食堂でバイトしてました。

カッパピア=青春のすべてという感じです
悲しい・・

dkさん、コメントありがとうございます。
ワタシは本当に最後の最後に触れたわけですが、
今でも多くの方が検索してこのエントリ(なにせ書いたのは3年近く前!)に来られて、
折々はコメントを残して行かれるのをみるたびに、
本当に愛されていたのだなあ、と感じます。

哀しいですよね。

テレビのニュースで今見ましたが
今、廃墟となったカッパピアって若い人たちに利用されてるらしいじゃないですか;

何が心霊スポットだ、何がデートだ。って思いました。
使われていたころの景色を見ると涙が毀れそうになります。

私も何度か行きましたが、最後、見送ってくれたカッパの着ぐるみが忘れられません;
なんで破産なんかしちゃったんだろう…

美奈子さんどうもです。
なるほど心霊スポットですか…。それは切ないですね。
心中お察しします。

私8歳なので生まれる前に終わってしまって行きたかったです。

♪みみ♪さん、どうもです。うわ、本当に8歳ですか。
それだと生まれる前ではなくて、5歳の時に終わってしまったんですね。どちらにしてもざんねんですね。

カッパピアの閉鎖は、今でも残念です。
現在20歳です。
昔、父の会社のお花見で毎年カッパピアに家族で来ていました。(0歳~13歳頃)
お花見以外では、余り連れてきて貰えませんでしたが、幼稚園の遠足でも来た記憶があります。(父の会社の花見がなくなり来ていませんでした(T_T))
群馬県出身の方なら、そうかと思いますが、思い出のたくさん詰まっている場所です。
小学生の頃は、夢の中にもカッパピアの入り口が1回転するあのコースターになっていたりと変わってはいましたが出てきました。
閉鎖したあとにも、やはり懐かしい場所で
学生時代によくカッパピアのすぐ近くの車が止められる場所で
よく友達と話をしたりしました。

+++++++++++++++++++++++++++++++++
そのカッパピアの思い出の中でもちょっと衝撃的だったことでなのですが、

父の会社の人(おじさん)に、「うちにこないかい?」
(うちの子ならないかい?という意味で…)と言われた事もありました(^^;汗)

当時小学校5・6年生だった私は、「うちにこないかい?」という意味が
ただ”遊びに来ないかい?”というのとは違うものが
その少し前の両親とその会社の人とのやりとりでなんとなく判っていたので、
その言葉を言われた時の親の態度が”自分で選んでいいよ。”みたいな感じだったので、
どうしようかなぁ(悩)と思いました。

3人兄弟の末っ子だし、両親も金銭的に大変だろうとか。。。とか、
でも、今行ってるスポーツクラブも6年生で終わりなのに養子(養女)になったらどうなるんだろう?など、
何もいえずイロイロ考えていたら
私のその様子に、お父さんの会社のおじさんは勝手に”来たくないのだろう”と解釈したのでしょう、
「もう、分かったからいいよ」と優しく言ったので
私は他の家に貰われて行く事はなかったのですが…

のちに、母から聞いた話によると’お子さんの居ない夫婦’だったそうです。
私の明るい性格をみて養女にしてみたかったみたいです。
やさしそうな、夫婦だったので
もし、私があのとき「行く!!」と言ってれば養女になっていたかもしれません(^_^;)
+++++++++++++++++++++++++++++++++
今年、本当の父は突然アルコールにより亡くなりましたが…
カッパピアは父・母・兄・姉・私の家族の楽しい思い出がいっぱい詰まった場所です。

美香さん、どうもです。
本当に多くの方の思い出の詰まった場所なんですね。
このエントリーももう4年ちかく前のものになってしまいましたが、こうして検索などでヒットしてみて下さる方々が、「ああそういえば」と思い出してくれるきっかけになることができれば、と思います。

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